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死は誰にも等しく訪れる。 貴賎問わず、等しく訪れる。 戦争中であれば尚更、死は平等である。 高価な調度品に飾られ、埃一欠けらの存在すら疑わしい整われた広い寝室。 真ん中に置かれている豪奢なベッドに男が一人眠り、周りを数人が取り囲む。 一人は少年で、一人は少女。 宝石のような瞳に涙を浮かべ、ベッドの男の手を握っているのは更に小さな少女。 医者らしき男が抑揚の無い口調で告げた「これが最後」という言葉。 憔悴し切って痩せこけたベッドの男は、死神の誘いを前に微笑んでいる。 「ジーン」 「はい、父様」 少年が応える。 「お前の夢は、何だったか」 「騎士団に入って、国を守ることです」 少年が答える。 「そうか。お前なら、必ずこの国の剣になれる」 「はい」 …でも。 「シャルロット」 「はい、父様」 少女が応える。 「お前の夢は、何だったか」 「王都魔道隊に入って、古代の魔法の研究をすることです」 少女が答える。 「そうか。お前なら、必ず喪われた秘法を甦らせられる」 「はい」 …それでも。 「シャーリー」 「…はい」 小さな少女が、涙で濡れた声で応える。 「お前の夢は」 「と、父様がまた元気になること!」 小さな少女が、涙で濡れた声で答える。 だけど。 「違うだろう、シャーリー。お前の夢は」 「違わない! 父様は元気にならないといけないんだから!」 「シャーリー…」 ダムが決壊し、涙が少女の頬を濡らし始める。 ベッドの男は少しだけ困ったような、嬉しそうな顔で言う。 「シャーリー、私はもう死んでしまうんだよ」 「死なない! 父様は強くって、優しくって、大きくて、あったかくて、それで…」 少年も、少女も、小さな少女も願いは一つ。 けれどそれは不可能で、死神の迎えは近い。 全員が分かっていること。けれど小さな少女は抗わずはいられない。 彼女は家族が…父親のことが、大好きだったから。 「それで、それでっ…街の皆も…大好きでっ…兄様も姉様も、母様も私も…大好きで…」 小さな少女は見た目ほど幼くはない。 貴族として生まれ、貴族として育ち、貴族としての誇りを身につけた少女。 しかし、初めて触れる肉親の「死」が、誇りという仮面を意図も簡単に剥がし取る。 「だから、だからっ…死なないの…死なないで…」 物語の中か、人伝でしか聞いたことの無い「死」という存在。 重い。悲しい。寂しい。辛い。憎い。 10にも満たない年齢の少女には手にあまる感情の暴走が、涙という形で現世に発露する。 その懇願を最後に、もう彼女の口から言葉は出ない。涙と嗚咽が暴走する感情の証。 ベッドの男は矢張り困ったように微笑みながら、小さな少女の頭を撫でた。 かつて子供達を撫で街を守ってきた大きな手は、今や骨と皮ばかりで暖かさの欠片もない。 「シャーリー、さっきも言ったけれど私はもう直ぐ死ぬ」 死という言葉に反応したのか、泣きながらもビクと震える小さな少女。 しかし暖かさの無い、けれど温もりのある手が小さな少女を包み込んでいく。 「私はこの街を守ってきた。何度も守って、辛い思いもして、それでも皆が笑いかけてくれた」 目を閉じれば…目を閉じなくてもたくさんの笑顔が思い出せる。 国を守るなんて大それたことじゃない。 歴史になんて名を残せない。 けれど、その笑顔こそが男の全てだった。 「そんな笑顔を守ってきてくれたことが、お前達を育て見守ってきたことと同じくらいに誇らしいんだ」 「うん…」 かろうじて返事が出来るくらいには感情を抑えこんだ小さな少女。 死を間際に控えさせて、けれど男の微笑みは生気に満ち溢れている。 それが彼の『生きた』証。 「シャーリー、お前はそれをずっと一緒に見てきただろう?」 「うんっ…」 小さな少女は、街を守るために奔走する父の姿が好きだった。 強く、優しく、大きく、あたたかい。そんな姿を見るのが好きだった。見続けた。 何時しか、自分も父のようになりたい。平和と笑顔を守れる大人になりたい。 それが小さな少女の夢で、それを抱いていることが貴族としての誇りだった。 「もう一度聞くよシャーリー。お前の夢は…何だったか」 「…大人になって、こ、この街を…皆を守ることっ!」 何時だったか、こっそり屋敷を抜け出した二人が星空の下で誓ったこと。 いずれ街を出て行くだろう兄と姉、老いていくだろう父と母の代わりにこの街を守ること。 平和を、皆の笑顔を守ること。 それを聞いた父は本当に嬉しそうに笑って、小さな少女の頭を大きな手でくしゃくしゃにした。 肩車のまま帰って、仕事をサボったことを母にこっ酷く叱られていた父。 そんな姿を見て小さく笑いながら、何時か叶える夢を見据えたあの日の小さな少女。 「そうか…お前なら、必ずこの街を…守って…」 「…父、様?」 頭を撫でていた手から力が抜けていく。 温もりが消えていく。 「父様! 父様とうさまとうさまぁ!」 小さな少女は重い手を振り払い父の身体に縋りつく。 まだ見てもらっていない。 あの夢は、父にその姿を認めてもらって初めて意味があるのに。 それなのに、何故こんなにも早く行こうとしてしまうのか。 少年は父を見つめる瞳はそのままに、拳を固く握り締める。 少女は平静を保つことができず、両手で顔を覆って動かない。 「…母さん…メリッサは…いないんだったか…残念だな…」 「呼ぶ! 直ぐに呼んでくるから、連れてくるから!」 それは叶えられないこと。 母は今、首都の城で戦の後方支援を行っている。 たとえ今この状況を伝えたところで、その瞬間に間に合うことは無い。 「……最後…皆…伝え……た…こと……」 弱々しく、最早聞き取ることさえ難しい最後の言葉。 立ち尽くす少年も、涙を堪える少女も、縋りつく小さな少女も、ただ静かにそれを待つ。 「…私が、死んでも……憎んでは…いけない……その憎しみの分………みんな…まもって……」 守ることに全てを捧げた男の言葉。 ホーリベルの守護神、サーヴァイン・ワートゥール子爵の人生そのもの。 そして…。 「…とうさま?」 それが。 「…とうさま…」 最後だった。 少年は顔を伏せ、握り締めた手から血を流した。 少女は涙を堪えきれず、両手で顔を隠したまま泣いた。 小さな少女は、父の亡骸に顔を埋め、静かに泣き続けた。 この数日後、ホーリベルの悲しみを余所に戦争は大きな局面を迎えることになる。 「この戦いは奪うためにあるのではない。勝ち取るためにある」 それは十年くらい前、長く続いた教会の支配を打ち破るために立ち上がった王様の言葉。 この国は長い間「どんな人間にも分け隔てなく繁栄と祝福を送り世を乱す悪魔を厳粛に断罪する神様こそが世界で一番偉い」という文句を謳う教会と、神の代弁者たる教皇によって支配されていました。 王様もいたけれどほとんどお飾みたいな物で、実質支配していたのは教会の人たちだった。 昔のことは良く分からないけど、ここ最近の歴史に於ける教会の行動はそれはもう酷い物だったらしくて、王都の騎士団で実情を把握していた兄様は「最低のクズ野郎共」と口汚く罵っていました。 力を持たない平民は搾取され、貴賎問わず反対する人たちは悪魔の烙印を押されて処刑されました。 有力な貴族は一緒に甘い蜜を啜り、教会は神の名を横暴に使って国を腐らせていきました。 十年前、そんな状況を打破すべく立ち上がった人がいました。 ハリス・カーライル・アマデウス。 これまで長い間「ハリボテの傀儡」と揶揄されてきたこの国の王様。 ハリス王は神と魔法の奇蹟で民を誤魔化し弾圧するこの国と、この国では悪魔の技術として異端と認定されていた機械技術を以って急速に発展していく隣国とを見比べ、このままでは遅かれ早かれ内部から腐り切るか、若しくは外部からの侵略によってこの国は滅ぶと思い、国を奪い返すために立ち上がったのです。 ハリス王は自分と同じ危惧を抱く貴族たち、そして抑圧されていた民たちと共に決起しました。 今までも反教会を掲げる者達が革命を起こそうと立ち上がった例はありましたが、その悉くが教会の見方に付いた貴族や王族、そして教会の力、圧倒的な物量によって押しつぶされていきました。 しかし時の流れは残酷で、教会側の貴族達からもハリス王の志に賛同する者が多く出たのです。 教会と共にこの国と周りの国の状況を見てきた貴族達は、今の状況がどれだけ危ない物か誰よりも分かっていたのです。 教会と利権確保のために残った貴族達と、国を変えることを望む王様と貴族、そして民衆。 数の差は明らか、そして聡明なハリス王による見事な戦術によって戦況は王様側が圧倒的に有利。 しかし教会も負けてはいません。 劣勢を覆すために教会が誇る武力の象徴…今も名を残す英雄達を戦線に投入し始めました。 『大魔導師』や『剣聖』といった戦争の英雄達がその名を轟かせたのはこの頃からです。 圧倒的な力を持つ英雄達の力を以ってしても戦況を逆転させることは出来ませんでしたが、戦況の悪化を止めただけでも凄いものだったらしいです。確かに一人で百人も千人も相手にするなんて信じられないことです。 軍勢と英雄、戦争の天秤のバランスが保たれたまま一年くらいの時が過ぎ、戦争は意外な形で終焉しました。 教会側のシンボルだった神の代弁者・教皇が自軍の兵士に殺害されてしまったのです。 その事件での動揺が原因で内部はバラバラで、昨日まで味方だった者すら信じることの出来ない大混乱の状態に陥り、王様たちはこの好機を見逃さず一気に教会を打ち崩す筈でした。 大混乱の教会から新たな代表として選ばれたのは、なんと6歳の少女。 大司教の娘であり『聖女』の字を持つアルマ・コンチェルト。 まだ物書きすら覚束ないだろう年齢でありながら、喪われた筈の古代の秘術・天魔法の使い手。 彼女は教会の持っていた権限の多くを王様側へ譲り渡すことを条件に停戦を申し出たのです。 貴族達や教会の人たちが守りたかった利権を自ら捨てるような真似を許すはずがありませんでしたが、聖女を新たな教会の代表として盛り立て内部の空気を停戦へと流れさせたのは、教会の武の象徴であり聖女のバックボーンで もある『剣聖』アルベール・セルバンデスの力によるところが大きかったそうです。 ハリス王はこの申し出を受けました。 王様側も「ここまで追い詰めておきながら剣を収めるのか」という主戦論の声が大きかったらしいですが、ハリス王は教会側の戦況の悪化を食い止めた英雄達による被害が甚大であることを知っていたのです。 これ以上の戦いは互いに癒しきれない傷を残す、そう部下達を説得したそうです。 申し出から一ヵ月後、正式に停戦条約が結ばれ戦争は終結しました。 しかし、戦争に勝ったからといって安心してはいられません。 長い腐敗によってガタガタになってしまっていた経済基盤や外交状況を立て直すために、停戦条約が締結されたその日から仕事を始めたらしいです。 教会の教義を残しつつも今まで使えなかった機械技術を限定的ながらも導入し、隣国から技術者や運用者など機械に携わる人たちを招いて徹底的な国の作り変えに着手したそうです。 この目論見は成功して、数年で不況に喘いでいた経済状況は見る見るうちに回復していきました。 国の姿が瞬く間に変わっていきます。 しかし旧教会の権威や利権を求めていた貴族たちは未だにハリス王に反目していました。 無用の混乱を防ぐために残しておいた教会の活動への基本的な不可侵が、教会の権威を復興させようとする彼らの動きを冗長させてしまったのです。 今は亡き教皇の名の下にハリス王に反目する旧教会派と、聖女の指導の下融和を目指す新教会派、戦争の混乱を気にその小競り合いに介入する他国勢力に上り調子ながら未だに安定しきらない各地の穴をすり抜けていく傭兵部隊や没落貴族たちの 犯罪者への変化。 急速に潤い、発展していく民と国。同時に、小規模の戦によって混乱する民と国。 あまりに不釣合いな状況を見たハリス王は、思わず「狂騒の時代に入った」と漏らしたそうです。 戦争終結より十年、私達の国・アマデウスから狂騒の音は未だ鳴り止みません。 |