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柔らかい。 意識が戻ったら背中にえらく柔らかい感触。 ただそれは女性の象徴たるアレとかの感触ではなく、独り身も所帯持ちも毎夜付き合う寝所の友・ベッドの感触であると気が付く。 そう、詰まり俺は寝かされている。 何故寝かされているのか。俺が気を失って倒れたからだろう。 正直なんで気を失ったのかは分からないが、気を失ったという事実だけは直ぐに理解できた。 何かトンでもないものが俺に向かって飛んできたような記憶がある。ような気がするが、考えない方がいいと判断する。世の中馬鹿な奴の方が楽しく過ごせる。 意識は覚醒したものの、目を開けるのが億劫だ。 頭が重い。まるで鉛が頭の中に詰め込まれたような――実際に頭の中に鉛が入ってるわけではないだろうが、形容するなら鉛だ。あれは本当に無駄に重い。 まぁ重いことは重いし不快極まりないが、無駄なことを考えるくらいの思考能力は保てているらしい。 次いで四肢の感覚…はベッドの感触を鮮明に捉えているから問題あるまい。 恐らく俺は何かにぶつかり、その衝撃で後ろに倒れて後頭部を強かに打ちつけて昏倒した。 まぁ今こうやって命が繋がっていて、そして色々と冷静に考えられるくらいにはダメージは少ない。しかし打ちつけたのが後頭部であるから何かしら運動能力に障害を負っている可能性も否定できない。故に、軽度だろうが重度だろうが何処かに障害を負っていないか確認している。 幾ら後頭部をぶつけたと言っても、昏倒する程度の衝撃で何らかの障害が残るということ自体奇蹟のような確率だ。しかし身体を資本に旅費を稼いでいる身としては身体の心配はどれだけしても困ることは無い。 寝た状態で確認できるものは全て確認終了。何処にも異常は見当たらない。 まぁ頭は相変わらず重いし痛いが何か行動に支障があるようなものでもないらしい。後は起き上がって確認するだけだ。 俺はゆっくりと目を開く。闇の中に光が慣れ過ぎたせいか、それとも頭の中の鉛のせいか、瞼が異様に重かった。 ボヤけた視界に移ったのは白い天井と紫水晶の……紫? 疑念が弛んだ思考に張りを戻す。 急速に明るくなった視界に飛び込んできたのは、彫像のような美しい少女の顔。 「…」 「…」 目が合っている顔が近い息が掛かる。 俺もあまりに突然なことに固まっているが、相手もいきなり目が合って固まっているようだ。 しかし相手は誰だ。なんでこんなに近い。俺の唇でも奪おうとしたのか。痴女か。 そうなると詰まり。 「身体が目当てか」 …もうちょっと深く考えるんだったかと、鳩尾に残る衝撃に悶えながら反省した。 「詰まり、俺はお前の正義感の煽りを食らって気絶した、というわけか」 「…そういうことになるわね」 目覚めた直後に水月狙いの見事な下段突きを喰らって再び昏倒しかけた男だが、空飛ぶ成人男性のぶちかましを喰らって地面に激突するよりはまだマシであったからか辛うじて意識は繋がっている。 今私達がいるのは事件現場の近くにあったとある宿。 結局私はその場に居た人達の力を借りて、この宿に目の前の男を運んだのだった。幸い昏倒しただけで出血も無いようだったから、打ち付けたらしい後頭部を冷やすだけの処置で済んだ。 自分が原因で他人が怪我をして、しかもその怪我が重傷。なんて状況になったらワートゥール家の看板に泥を塗るだけじゃなくて、ホーリベルそのものに迷惑をかけていたかもしれない。それに怪我をさせた相手にも申し訳が立たない。 一歩間違えばそうなっていたかもしれないのだ、如何に貴族と言えど…否、民を守らねばならない立場にある貴族だからこそ、誠意を以って対応しなければならない。ならないのだが…。 「英雄ごっこはいいが他人に迷惑をかけちゃあな。それにあんたもいい歳だろ」 「…ごっこじゃなくて仕事だったんだけど」 …こんなことを言われれば、言い返した上で更に睨みたくもなる。 私は、路上で倒れているのを見てから目の前の男が異国―それも海外にある国からやって来た人間であると疑っていた。 髪と瞳の色も独特のものであったが、そんな色を持つ者もこの国にはいないこともない。しかし黄色に近い肌を持った人間など、この国どころか近隣の国全て探しても存在しないだろう。その上見たこともないような形をした奇妙な剣を腰に差しているのだ、これを海を隔てた遠くからやって来た人間だと言わずどう言えというのだ。 アマデウスは陸路の貿易に関しては非常に手広く大規模に行っているが、海路の貿易に関してはほとんどやっていないものと同義と言えるほどに規模が小さい。 そもそもアマデウスに於いて 海に面しているのは広大な荒野『無限荒野』を挟んだ東部地方のみで、最近は鉄道事業の影響でその東部も徐々に開発が進み (そもそも鉄道事業の根本には東部と中央部を繋げることにあったらしい)、今でこそ蒸気機関車一本で東と中央を行き来できるがそれ以前は「無限荒野を渡ることは、地獄を 横断することと等しい」と呼ばれるほど未知と恐怖に満ち溢れたスポットだったのだ。 一応危険が少なく最短距離で東部まで行ける道もあったそうだが、その道を使っても無限荒野を渡れるのは王都騎士団か超大規模の傭兵組織くらいのものだった。そんな孤立しがちな環境が影響したのか、国の政策としても個人の事業としても造船技術や航海技術は大きくは発展してこなかった。 そんな経歴を持った国であるから、異国の人間 と言えば地続き隣国の人間であり、多くの隣国は閉鎖的な立地条件の上に成り立った国では無かったから文化や人間も自然と似てくる。 そして戦後は他国から客人が来ることも多く、異国の人間を見ることも多い。だが、目の前の男はそうして見てきた人間のどれにも当て嵌まらない。 さっき、改めてこの男の顔をじっくりと見てみた。 突然目覚めて、しかもあんなことを言われたのは流石に驚いた(それと怒りが少々)が、やはりアマデウス含む大陸の人間だとは思えなかった。 「ところで俺の」 「剣でしょ。これ」 男が腰に差していた二本の剣は私の膝の上にある。 長さの割りに驚くほど軽かった剣。一体どういう代物なのか見当もつかない。 だからこそ不安になる。 最近、他所からやって来た人間の犯罪が多発しているホーリベル。 平和の街として名高かったゆえか、この街の人々は驚くほど警戒や防衛意識が薄い。故に警備隊の規模も街の規模と見合わすそう大きなものではなく、結果として自分のような魔法使いが駆り出されることになる。 多発する余所者による犯罪行為。 目の前の男は異国からの訪問者。 持っていたのは得体の知れない二本の刀剣。 相手はこちらの煽りをくらっただけの被害者。 疑いたくない。 だが、自分は貴族。 で、あるならば。 膝の上から正体不明の剣…その長い方を手に取り、鞘より剣を引き抜く。 長剣大剣と違い刀身が曲がっている為か、すんなりとは引き抜けなかったが。 目の前に現れたのは、見た目からこの国の剣とは造りが違うだろうと予想できる反身の剣。 窓から入り込む陽光を反射し煌く姿は、まるで上弦下弦の月のよう。 「おい、お前何を」 突然の私の行動に当然の如く驚く男。 そして私は、そのまま抜き身の刃を男の眼前へと突きつけた。 「この国の…この大陸の人間じゃないわよね」 自分は貴族。で、あるならば。 「領地と領民を守る」という務めを果たさなくてはならない。 「アンタ、何者なの?」 未知なる存在の正体を、見極めなければならない。 ホーリベルは周辺に街が無い。集落も無い。 元々が対悪魔の前線基地だった…と言われていることと街の規模を考えれば不自然なことでもない。 周辺は南西が草原、北東が山を含む岩肌を剥き出しにした荒地。 王都へと続く線路と街道以外には特に人気も見所も無い。 故に後ろ暗い者達は集る。 「…どうだった?」 「ビンゴっス。五人けしかけましたが、全部が全部予想通りの対応でしたぜ」 「迅速にて厳格な対応。平和を平和と意識しない街だというのにな」 「――意識?」 「悪い人たちに脅かされないのも、食べ物に困らないことも『それが普通』だと考えてるのさ」 「…贅沢な街っスね」 「まぁ今回はソレが狙いなわけではないがね」 「奪わないんですかぃ?」 「ソレよりもっと上等な物があるのさ」 「お宝でも埋まってるんスか?」 「埋まってはいないが、埋もれているね」 一人は若者。垢抜けない気配のある、ガッシリした体格ながら愛嬌のある顔立ちの青年。 一人は若者。垢抜けた気配があるが、ややこけた頬が都会の雰囲気をかき消している。 「そのお宝さえ手に入れられれば、色々面白いことが出来るようになる」 「笑えるっスか」 「大爆笑さ。何せ旧教会派のお偉いさんに取り入れるかもしれないのだから」 痩せ気味の若者は、喉の奥から笑い声を漏らす。 楽しそうな笑い声。楽しいのを必死で抑え込む笑い声。 「さぁ、皆もそろそろ準備を始めよう。早めに済ませて余裕が出来れば、来るべき未来の為に大いに笑う練習をするのもいいかもしれない」 王都へと続く線路と街道以外には特に人気も見所も無い。 故に後ろ暗い者達は集る。 もうどれだけこうしているのか。 時はそれほど流れていないが、緊張感は時間の感覚を鈍らせる。 シャーリーの手には反り身の剣。ベッドから上半身だけを起こしている男に突きつけている。 それほど時間が経っているわけではないが、尋問は一向に進んでいない。 自らの愛刀の切っ先を突きつけられても、男は焦りも恐れもしない。 ただ真っ直ぐに切っ先…その向こう側にいるシャーリーを見据えるだけ。 逆にシャーリーには焦りが募る。 突きつけた剣…だけではなく剣を支える右手が剣と共に震えている。 シャーリーは男の剣を「軽い」と形容したが、あくまで長さを考えての相対的な意味である。 刃の長さはシャーリーの身長の半分ほどであり、同年代の少女達と比べれば筋力はあれど 、それでも力仕事をしているわけでもないシャーリーの細腕が突き出したままの体勢を維持するには少々過ぎた代物だ。 こんなことならもう一本の短い方にするんだったか、そんなことも当然ながらシャーリーは考える。 余計なことを考えた。余計なことを考えてしまった。 そんな思考の最中に、男は顔を伏せ気味に大きな溜息を漏らした。 僅かでも思考に気をとられていたシャーリーは、その聞こえみよがしな溜息に注目してしまう。 意識の大半が、僅かな時間でも溜息の聞こえた男の口に行ってしまう。 その僅かな時間が過ぎて気が付けば、男の左手が突きつけられた剣を掴んでいた。 「な…」 そして驚いた。驚いてしまった。 驚愕と疲労が重なり握力が緩み刹那、男は掴んだままの左手を引いた。 握力が緩み隙を突かれた状態で男の力に対抗できるわけもなく、シャーリーの手から柄がすっぽ抜ける。 シャーリーの隙が続いてる間に剣を掴んだ男の左手が捻られ、右手側に移動した柄を右手で掴む。 後は早業。シャーリーの隙が終わる一瞬後には、彼女の喉下に剣が突きつけられていた。 「ッ!」 己の隙と甘さを悔やむ暇もなく、シャーリーの背と腹が一気に冷えた。 もし目の前の男が本当に悪人なのだとしたら、これからどうなるのだろうか。 1.このまま突き出された剣に喉を貫かれ神の御許へ 2.このまま脅かされ、金品を要求される 3.このまま脅かされ、男の寝ているベッドで組み敷かれる 4.男は何事も無かった様に剣を収める そもそも「悪人だったら」という前提なのだから4はあり得無い。 なら1〜3だが、ただ殺すよりは実入りがあった方が男は得をするだろう。 なら2か3だが、良く考えれば2と3は両立出来そうな気がする。 なら2と3の混合になるのだろうか。 これら全て「目の前の男が悪人だったら」という前提の上に成り立った問題だが、少女の頭の中には確信に近い予感があった。 この男は「普通じゃない」という予感。 普通でなければ悪人か、何時もならボヤけた考えをそんな強い思考が押し潰す。 しかし今のシャーリーはかつて経験したことの無い極限状態に陥っている為思考状態が安定しない。 故にこのことを世界の真実として無防備に受け入れてしまう。 男が動く気配。 シャーリーは咄嗟に、強く目を瞑る。 恐らく自分は奪われることになる。 それは金か。 それは処女か。 或いは命か。 何かしら、若しくは全て奪われる。 奪われる覚悟があるか? そんな幻聴をシャーリーは聞いた気がした。 「…無理もねーけどさ、そんなにビビるなよ」 横から男の声が聞こえる。 「そもそもだ。善良な旅人を捕まえて『お前誰だ』って刃物使って脅すなんざ何考えてんだよ」 …横。 「そんな態度だと、話すもんも話せねえって。そもそもお前俺の名前知らんだろ。俺もお前の名前知らんし、名前も知らん者同士が情報引き出そうとしたって無理。アレだよアレ、誠意が無いから」 横? 「それはともかく鞘返してくれ。話はそこからだ」 目を開く。 目の前のベッドには男がいない。 「つかさ、そもそも俺の話聞いてんのか?」 左向け左。 抜き身の太刀を肩に担ぐ男がいた。 何時の間にか床に置いた筈の短剣を腰に差している。 「え…うん」 何となく、左手に握ったままの鞘を差し出す。 少し前まで思考が暴走していた為か、状況が良く飲み込めない。 男は差し出された鞘を乱暴でも優しくもなく無く掴み取ると、一息で剣を鞘に収めた。 「まぁ言いたいことは色々あるが、ここは敢えて何も言わずに去ろう。サラバ」 「…」 なんとなく、男が悪人では無い気がしてきた。 そもそも男を悪人だと認識したのは自分の直感であり、証拠も何も無い。 確信したのは自分の意識の中だけであって、それが世界の真実と為り得るわけではない。 気が付けば、男は自分の言葉通りに去っていた。 …そういえば、巻き込んだ謝罪をしていなかった。 その上、刃物を突きつけての脅迫紛いの尋問。 突っ走って視野狭窄に陥りやすい自分を思い出し、自己嫌悪。そこで、 「あ、一つ聞きたいことがあった」 去った筈の男が、開いたままの扉からひょっこりと顔を出す。 「この街のギルド系列店って何処にあるんだ?」 ギルド。 秘境探索から賞金首まで、あらゆる懸賞金の絡む仕事を斡旋し管理する民間組織。 元は何百年も前に活躍していた傭兵組織だったそうだが、今は大陸全土に広がる独自の情報網と人脈を持つ巨大組織となっている。 ある程度の規模を持つ街ならば必ずギルド系列の酒場か宿があり、そこで仕事の掲示斡旋を行う、 流れの武芸者の旅費の生命線と言える街になっている。 目の前の男も流れの武芸者であるなら、まずはそこに顔を出すのが自然ではある。 「ここがその系列店よ」 既に思考状態は回復しているため、しっかりと男の顔を見据えて答える 「ああそうか。手間かけてスマ」 「但し」 謝罪もせずに理不尽に尋問し、ソレの謝罪も済んでいない。 だから謝罪して、改めて異国の流れ者から素性を聞きたい。 この会話がその切っ掛けになればいい。 「この街じゃ懸賞金の出るような仕事はないわよ」 男の顔が凍りついたように見えたのは、錯覚ではなかった。 |